タベアルキスト マッキー牧元の高知満腹日記「日本一固い菓子」

立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演を超多忙にこなすタベアルキストのマッキー牧元さんが高知の食材・生産者さんをめぐって紹介する「高知満腹日記」。

「歯が立たない」。

この比喩言葉の“真実”を教えてくれる菓子に出会った。

創業400数年、土佐藩御用達菓子匠、赤岡「西川屋」のケンピは、日本一固い菓子である。

絶対前歯で噛んではいけない。

小麦粉とごくごく少量の卵、水と砂糖だけの菓子は、犬歯で噛み砕こうとしても、ビクともしない。

もっと気合いを入れろと迫ってくる。

だから奥歯までケンピを射し込んで、噛み切るというより、割る。

自信のない方は、しばし口の中で湿らせてから、がリッとやる。

ガリッ、コリッ、ガリッ、コリッ、ガリッ、コリッ。

口の中で壮大な音が立ち、脳内に響き渡る。

やがてなくなって、喉に落ちかける刹那に、優しい甘みが顔を出す。

麦のほのかな甘い香りが、ふっと口の中に立つ。

勇壮な食感から転じてやってくる、この穏やかでせつない甘みがたまらない。

そのせいだろう。無くなると、自然と無意識に、また手が伸びている。

そのせいだろう。食べ終わって数日経つと、無性に食べたくなってくる。

400年の時を刻んだ堅牢な菓子

代表の池田聰博さんからうかがったところ、この固さは、砂糖の力だという。

砂糖を蜜にし、固まって、粉と結着して、強固になる。

赤岡の地は塩田による塩の生産と小麦粉の産地であったという。

「西川屋」は、1688年にできたが、それ以前は特産品の塩と小麦粉で夜須素麺を作っていた。

1601年掛川から土佐に移封となった山内一豊が入国した際、そうめんや菓子を献上し、いたく気に入られたという。

そこで山内一豊入国記念として考え出したのが、そうめんの作り方からヒントを得た「ケンピ」なのである。

今でこそカタカナで表記されて可愛らしいが、元々の名が「堅干」である。

名前自体が、固いぞと宣言している。

「西川屋」での楽しみは、このケンピだけではない。

店の奥では、坪庭を眺めながら、生菓子と抹茶もいただける。

また「資料館「西川屋おりじん」が併設されており、長年にわたり土佐藩の御用を勤めてきた西川屋ならではの古文書や菓子道具、美術品が飾られているのである。

現代ではケンピといえば、「芋けんぴ」の方がポピュラーだが、本家の「ケンピ」には、砂糖がまだ一般には手に入なかった時代の、砂糖への敬意がある。

それが誠実へとつながり、この菓子の堅牢が生まれるのである。

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