タベアルキスト マッキー牧元の高知満腹日記「白木さんのブンタンを食べた」

立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演を超多忙にこなすタベアルキストのマッキー牧元さんが高知の食材・生産者さんをめぐって紹介する「高知満腹日記」。

キラリと輝く一房を食べると筋などなく、しなやかに身を崩す。

溢れ出す汁は、甘酸っぱさの中に心が晴れやかになる気品がある。

果肉は滑らかながら凛々しく、「さあ、お噛み」と誘ってくる。

なにか壇蜜と対峙している気分になった。

恐れ多いがもっと食べたい。

そんな気持ちを手玉に取るようにブンタンは陽光を映して、さらに輝きを増していく。

ブンタンの原生地は、中国・東南アジア・台湾などで、十六~七世紀の大航海時代、皮が厚くて保存が利き、航海士たちのビタミンC補給に重宝され、世界中に広まった。

日本にも同時期鹿児島に伝わり、九州全般に広がって、九州の武家屋敷には、必ず文旦の木があったという。

種が多いところから、嫁入り道具の一つでもあった。

最近はやたら甘いものが多いが、白木さんのブンタンは、酸味がしっかりあって、そこにこそ昔重宝された味があるような気がする。

ブンタンは身も美味しいが、皮が厚く、その内側の白い綿のような部分が果実の実と種を守るために栄養分をしっかりと蓄えている。

日本では、高知・熊本・鹿児島が主な産地だが、高知の白木浩一さんは、ブンタン作りの名人として知られ、東京の高級レストランでも数多くの店が、白木さんのブンタンを出している。

そんな彼に、「白木さんにとってブンタンとは、柑橘とは、どんな存在ですか?」と聞いてみた。

「私にとって柑橘とは、家族みたいな物です。お客様やシェフの方々に気に入って貰えると、嫁に出して良かったと本当に思えます。 若い時は、自分が作ったと自慢げに思っていましたが、年々歳を重ねていくと、自然界の中でひとつの繋ぎのお役目をしている一人に思えます」。

そう白木さんは答えて、誇りに満ちた、嬉しそうな顔をされた。

もう一つ、「最後の晩餐として食べたいものは?」とも聞いてみた。

すると白木さんは、ゆっくりと話し出してくれた。

「親父の病気で仕方なく後を継いだのが18才の時ですが、1981年高校卒業式の一週間後に、マイナス7度の大寒波が来て8割程の文旦や柑橘の木が枯れてしまいました。その後親父も回復し二人で復興栽培をしだして2〜3年後、21歳か22歳頃に食べた文旦の味は、今でも忘れません。

それは究極の味わいで、味が濃く深みのある味わいで、あの文旦をもう一度作りたいと思い頑張っていますが、異常気象などで満足のいく文旦が出来上がってないのが現状です。 未だにもう一度思いだします。 長くなりましたが、あの文旦をもう一度、もう一度作りたいと思い頑張っています」。

そう答える白木さんの目には、よりよき土佐ブンタンを作り続ける覚悟の火が燃えていた。

白木さんの農園では、文旦の他に、4〜5月は、甘みがあって酸味が少ない「すくも小夏」、5月から7月は、「西内小夏」や「日向夏」なども多く育てている。

いずれも白木さんの果実には、夏を涼やかにする力がある。

さらに今新しい取り組みを始めているのが、フィンガーライムである。

オーストラリア原産で、果実が小さくプチプチしている姿から、「キャビアライム」と呼ばれて、フランスでも人気となっている果物にいち早く目をつけ、育てているという。

種類は20種類以上あり、果実は赤いのや白いのや、ピンクがかった色合いのものがある。

白は、イカや白味魚にふりかけるとよく、赤は黒胡椒の香りがするので、肉料理にもいいし、果皮を干しておいて砕き、ペッパーと混ぜても面白いという。

育つには、7〜8年かかり、手入れも手間がかかる。

試しに食べてみれば、強烈な酸味が舌の上を走り抜ける。

料理のアクセントとして活躍するのは、間違いない。

おそらく5年後には、多くのレストランで白木さんのフィンガーライムが活躍し、食べる人へ幸せを運んでいるに違いない。

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